3月3日のひな祭り
大好きだったアーティストの
グッズとCDをほとんど買い取りに出した
大きな段ボール4箱
それが
たったの470円
段ボールに入れている時でさえ
何の感情もなかった
棺桶には入れられないから
息子が片づけられないから
他人に見せたくなかったから
それだけの理由で買い取りに出した
後悔はない
でも
何十年もかかって少しずつ集めた物が
私の大事だった物が
思い出が
470円
他人には価値のない物かもしれない
それは解っている
でも
値段の響きは恐ろしい
私の心にあればいい
思い出は私の中にしかない
認知症になれば忘れてしまうこと
それでも
耳鳴りがやまない
とても自然な心の動きだと
臨床心理士が言う
ふらふらと
何の脈絡もなく
思い出す
ひとつひとつの過去の事実
それを思い出す度
最後に自分を否定する
今
本当の戦場にいる人達に
私の苦しみは
どれほどの重さか
比較にならないほど軽いもの
そう思わないと
生きていけない
父
母
祖母
きょうだい
子ども達
そして
私
それぞれの歴史が交錯して
それぞれの過去として存在して
私の過去として存在して
苦しみだけが残る
そういう人生を選んだ
そういう人生を選ばされた
最期は笑って
笑い飛ばして
死にたい
仕事をするからには
それが例えスーパーのレジ打ちでも
操作の順番と受け応えのマニュアルは覚えるもの
専門職は特化された仕事
知識がないと仕事にならない
一般人ではできなこと
学習して身につけないとできないこと
何年経っても終わりがない仕事
誰にでもできる仕事ではない
政治家や官僚が考えるような簡単な仕事ではない
私はできたのか
できてないと思う
全くもってできてない
何の役にも立ってない
むしろ
役に立とうという意識がなかった
全ては子どもの為
それしかなかった
なのに何故
私は今
あの人と同じ場所に行こうという思いがあるのか
何か役に立つことがあればと思うのか
行きたくないし会いたくない
のに
何故
それが身についた専門性なのか
感情のコントロールがきかない
同質か真逆か
それがわからない
他人の物を壊して謝らない
修理を手伝わない
たったこれだけのこと
怒りがおさまらない
言動が悪い
自己中心的
他人の物はどうでもいい
そんな人達に囲まれて育ったからか
許せない
人として
これはダメだ
相手ではなく自分がダメだ
同じ土俵には上がらない主義を通してきたのに
大事に大事にしている物を壊されて
私の怒りはおさまらない
家具も私の家族
家の中の物は全て私の家族
そんな付喪神のような事を信じてる
キャンセルすればいい
そんな簡単な事じゃない
専門的な知識がなくても
他人の物を壊したら謝るのが道理
私は筋を通したいのだ
また今年も大変な年になる
大掃除は無理
体力はとっくに尽きていたのに
気力だけで
毎年々々
頑張って家を綺麗にして
いつでも死んでいいように
今年もいっぱい
他人に振り回されて
唯一の収穫は
3歳からの溜まりに溜まったものを
吐き出せたこと
私の終活は
もう終わりに近づいている
人生の最後に出会う人は
どんな人だろう
わたしは家族のたんつぼだった
全員の痰を浴びた小さいわたし
毎日傷ついて泣いて
泣くことも禁じられ
泣けなくなって
大きくなったら
家族だけでなく
他人のたんつぼも引き受けてた
そういう事を清算する為に
大きな決心をして
体を引きずって
生きている親に会いに行った
言いたい事の1/1000も言えなかった
だけど
ごめんって言って
という私の言葉に反応して
生まれて初めて親の「ごめん」を聞いた
聞いた途端に
「許す」と言う私がいた
人は嘘つきが基本
嘘をつかないで生きることは不可能
でも
嘘だらけの人生は虚しかっただろう
子どもに見栄を張る必要はないのに
見栄っ張りで嘘だらけの人生が
あの人にとってはそんなに大切だったのか
自分が産んだ子どもを否定し続けて
自分のプライドだけを守る人生が
そんなに大事だったのか
「ごめん」と言わせた
虚しい
「許す」と言った
哀しい
こんな親子関係には
もう二度と出会いたくない
そう
あの人は私の子どもには謝らなかった
人生の後始末を子どもに任せて
周りに迷惑をかけて去ることしか
できない人だった
自分では何もしなかった
苦労?
誰が?
自分の子どもを女中呼ばわりする人に
苦労なんてあったのか
たぶん
あの人なりの苦労はあったのだと思う
周りにおんぶに抱っこ人生で
それでも人には
生きる権利がある
あなたの名前を呼べる場所ができて
泣かなくなったと
気づき
あなたのことを話して
よかったと
心から思える日
おめでとう
あれから41年
いろいろあったね
健康でいて欲しいのは
私のワガママだけど
それでも
願わずにいられない
どうか
ささやかな幸せが
あなたに訪れますように
願っています
追伸
悔いが残るのは
約束したネズミーランドに行けなかったこと
それだけは
お伝えしておきます
絶望を
あなた達は知っていますか
経験しましたか
相手の心に共感できる力を持ったばかりに
地球規模で絶望している
生きていることに絶望するとか
人生に絶望するとか
そういうのではなく
未来が見えない
自分が生きていく未来
子ども達が生きていく未来
そういう未来が見えない
希望はない
したいこともない
心残りも少なくなって
もうどうでもいい
自分の事で悩む事がある人達は
それだけで幸せ
私には何もない
自分の理屈が通らないことに
苛立ち焦り相手の主張を無視する
屁理屈者ばかりがはびこっている世界
自分が死ぬ夢を見た
あぁ死ぬんだと思った
やっと死ねるではなく
死ぬんだと自然に思ったら
夢だった
この
へ理屈世界でまだ生きる
のか
しかないそうだ
自己修復機能がない臓器は
移植しかない
そうか
この痛みはずっと死ぬまで
付き合う痛みなのか
体の中で
痛くない部分を探す方が無理
私は
この体の痛みやしんどさや辛さを
体ごと入れ替わって
味わって欲しいと願っていた頃があった
そういう相手がいた
その思いがまた
私の中に芽生えている
なんて浅薄な考え
移植しかないと言われて
そういう思いが蘇るのは
私が老いたのか
それとも
鬱なのか