ヘルパートラブルから解放された今年の夏
たくさん最初で最後のことをした
忙しい夏休み
小さな私は今
私と同化しようとしている
だから時々
私が小さな私に乗っ取られる
こんなおばさんが
小さな女の子になる
私と一緒に最初で最後のことをしよう
これから一緒に
ずっと一緒に
したかったこと
全部
一緒にしよう
周りにわがままと言われても
人生で最後のわがままだから
最初で最後のこと
あと1年で
全部できたらいいね
ある1人の人間が生きた証のブログ。誰も読まなくていいです。
心が慣れて
涙が出なくなった
もう生きて会えないのは同じなのに
生きていると知って
実際に存在を感じることができて
私は安心したのかもしれない
もう十分
もう私はいなくなってもいい
片づけだけは終わらせたいけれど
父と同じ年齢で人生を終わらせたい
そう思うことにも慣れた
海に行ってきた
小さな私を救いに
小学校4年生の私
暗い海で死ぬことを考えていた小さな私
でも
救えなかった
私の肩の上に乗って帰ってきた
これでいいのかもしれない
小さな私が今の私の中に入ったのかもしれない
これでいいのかわからないけれど
もう同化して慣れた
慣れは恐ろしいと言うけれど
こういう慣れはハッピーじゃないかと思う
また電話で声を聴き話しをした
驚いたのは
あなたが父親の出自を知らなかったこと
そういえば
話したことはなかったかもしれない
あなたが頭の良い子どもだったから
知っているものだと
覚えているものだと
勘違いしていた
8歳で父親と別れた子ども
そうね
覚えている方が無理なことかもしれない
それでも
いとこの名前や家を覚えていたのは
あなたらしい
知らないでいいことと
知る権利は違う
あなたの為にも
私が知っていることは
できるだけ記録に残しておきましょう
それが私にできる
最後の仕事かもしれない
昨日は
毎年泣いていた日だった
前日から気づいていた
今年は泣かないんだろうなと
たっぷり眠って
何をしよう
決めていたことをするつもりだったのに
晩ごはんを決めたら
放ったらかしていた炬燵を掃除する気になった
掃除機で埃を吸っていると
今度は掃除機を磨くことを思いついた
掃除機を磨いていたら中まで掃除したくなった
掃除機のヘッドを外して洗って干す
炬燵をきちんと段ボールに入れて納戸に納したら
もう疲れていた
掃除機はかけられませんと
介護事業所には言うけれど
ベタっと床に座って掃除する物を動かすことはできる
冷暖房機器の手入れはそうやってする
磨くのも座ってする
立ち上がるのが大変な時は椅子に座ればいい
けれど
昨日は頭の隅に6月6日がある状態で掃除した
結局
決めていたことはしなかった
毎年泣いていた日
生きていると知った後
初めて泣かない日
あの時は仕方がなかったと
それでも涙が溢れた日
後悔も何もない
生きていると
それだけで
会えなくても
生きているなら
それだけで
私は泣いていた日にさようならを言える
と思う
言いたくない気持ちもある
ただ
6月6日が特別な日は
一生変わらない
泣いていた日として
一生変わらない
とうとうその日がやってきた
18年
の歳月を経て声を聴いた
完全に生きていると知ったのは3年前
生きているかどうか知らない間も
苦しんで
生きていると知った後も
苦しんで
何度も何度も何度も何度も何度も
死にたいと思った
他人行儀な言い回しを用意して
あとは成り行きに任せようと
なんとなく
そう思えた時に電話
あの子も他人行儀な言葉だった
大人になった声だった
知らない声
「軽々に」が口癖になったのか
ビジネス用語を話せるようになったのか
それでも少し早口なのは
やっぱり私と同じで緊張しているからなのか
私の両手は震えていた
私は
母のことやきょうだいのこと
ともだちのことを情報提供したけれども
あの子からもいろいろ教えてくれた
遠回しに
「同じ業界にいる」だとか
職場の上司の名前だとか
緊急連絡先を誰にしているだとか
私は少し嘘もついたけれど
それで丸く収まるならそれでいい
さっき思いついたことを
準備して
このまま眠ろう
令和8年4月23日を終わろう
6月6日を忘れないように
もう眠りたい
昨日
私は仲が良かったと思っている
気さくで優しい責任感の強い思いやりのある人とお別れした
そういう人ほど
私に関係なく
法律や人間関係の問題で去っていく
淋しいけれど悲しくはない
だって
生きている
自分の責任逃れをする人は
とっとと去って欲しいから
縁切り状を渡す
それぐらい私は疲れている
人の気持ちが解らない人が福祉の世界にはびこる現状
それが哀しい
家具を買い替えた
もう買うこともないはずだった家具を
自分の責任逃れをする人のおかげで
買い替えた
ついでに
その人が適当に返事した物も買い替えた
家具の物の入れ替えは大変だったけれど
どれもこれも棺には入らない
と思えば
簡単にお別れできそうな気がする
毎年毎年この時期は
赤の他人のおかげで生活に変化がある
平穏な生活は
私の人生にはない
3月3日のひな祭り
大好きだったアーティストの
グッズとCDをほとんど買い取りに出した
大きな段ボール4箱
それが
たったの470円
段ボールに入れている時でさえ
何の感情もなかった
棺桶には入れられないから
息子が片づけられないから
他人に見せたくなかったから
それだけの理由で買い取りに出した
後悔はない
でも
何十年もかかって少しずつ集めた物が
私の大事だった物が
思い出が
470円
他人には価値のない物かもしれない
それは解っている
でも
値段の響きは恐ろしい
私の心にあればいい
思い出は私の中にしかない
認知症になれば忘れてしまうこと
それでも
耳鳴りがやまない