大掃除は無理
体力はとっくに尽きていたのに
気力だけで
毎年々々
頑張って家を綺麗にして
いつでも死んでいいように
今年もいっぱい
他人に振り回されて
唯一の収穫は
3歳からの溜まりに溜まったものを
吐き出せたこと
私の終活は
もう終わりに近づいている
人生の最後に出会う人は
どんな人だろう
わたしは家族のたんつぼだった
全員の痰を浴びた小さいわたし
毎日傷ついて泣いて
泣くことも禁じられ
泣けなくなって
大きくなったら
家族だけでなく
他人のたんつぼも引き受けてた
そういう事を清算する為に
大きな決心をして
体を引きずって
生きている親に会いに行った
言いたい事の1/1000も言えなかった
だけど
ごめんって言って
という私の言葉に反応して
生まれて初めて親の「ごめん」を聞いた
聞いた途端に
「許す」と言う私がいた
人は嘘つきが基本
嘘をつかないで生きることは不可能
でも
嘘だらけの人生は虚しかっただろう
子どもに見栄を張る必要はないのに
見栄っ張りで嘘だらけの人生が
あの人にとってはそんなに大切だったのか
自分が産んだ子どもを否定し続けて
自分のプライドだけを守る人生が
そんなに大事だったのか
「ごめん」と言わせた
虚しい
「許す」と言った
哀しい
こんな親子関係には
もう二度と出会いたくない
そう
あの人は私の子どもには謝らなかった
人生の後始末を子どもに任せて
周りに迷惑をかけて去ることしか
できない人だった
自分では何もしなかった
苦労?
誰が?
自分の子どもを女中呼ばわりする人に
苦労なんてあったのか
たぶん
あの人なりの苦労はあったのだと思う
周りにおんぶに抱っこ人生で
それでも人には
生きる権利がある