2026年3月22日日曜日

変化

昨日

私は仲が良かったと思っている

気さくで優しい責任感の強い思いやりのある人とお別れした

そういう人ほど

私に関係なく

法律や人間関係の問題で去っていく

淋しいけれど悲しくはない

だって

生きている


自分の責任逃れをする人は

とっとと去って欲しいから

縁切り状を渡す

それぐらい私は疲れている

人の気持ちが解らない人が福祉の世界にはびこる現状

それが哀しい


家具を買い替えた

もう買うこともないはずだった家具を

自分の責任逃れをする人のおかげで

買い替えた

ついでに

その人が適当に返事した物も買い替えた

家具の物の入れ替えは大変だったけれど

どれもこれも棺には入らない

と思えば

簡単にお別れできそうな気がする


毎年毎年この時期は

赤の他人のおかげで生活に変化がある

平穏な生活は

私の人生にはない


2026年3月8日日曜日

耳鳴り

3月3日のひな祭り

大好きだったアーティストの

グッズとCDをほとんど買い取りに出した

大きな段ボール4箱

それが

たったの470円


段ボールに入れている時でさえ

何の感情もなかった

棺桶には入れられないから

息子が片づけられないから

他人に見せたくなかったから

それだけの理由で買い取りに出した


後悔はない

でも

何十年もかかって少しずつ集めた物が

私の大事だった物が

思い出が

470円


他人には価値のない物かもしれない

それは解っている

でも

値段の響きは恐ろしい


私の心にあればいい

思い出は私の中にしかない

認知症になれば忘れてしまうこと

それでも

耳鳴りがやまない


2026年2月22日日曜日

心のままに

とても自然な心の動きだと

臨床心理士が言う

ふらふらと

何の脈絡もなく

思い出す

ひとつひとつの過去の事実

それを思い出す度

最後に自分を否定する


本当の戦場にいる人達に

私の苦しみは

どれほどの重さか

比較にならないほど軽いもの


そう思わないと

生きていけない


祖母

きょうだい

子ども達

そして

それぞれの歴史が交錯して

それぞれの過去として存在して

私の過去として存在して

苦しみだけが残る


そういう人生を選んだ

そういう人生を選ばされた


最期は笑って

笑い飛ばして

死にたい


2026年2月13日金曜日

専門性

仕事をするからには

それが例えスーパーのレジ打ちでも

操作の順番と受け応えのマニュアルは覚えるもの

専門職は特化された仕事

知識がないと仕事にならない


一般人ではできなこと

学習して身につけないとできないこと

何年経っても終わりがない仕事

誰にでもできる仕事ではない

政治家や官僚が考えるような簡単な仕事ではない


私はできたのか

できてないと思う

全くもってできてない

何の役にも立ってない

むしろ

役に立とうという意識がなかった

全ては子どもの為

それしかなかった


なのに何故

私は今

あの人と同じ場所に行こうという思いがあるのか

何か役に立つことがあればと思うのか

行きたくないし会いたくない

のに

何故


それが身についた専門性なのか


2026年1月11日日曜日

怒り

感情のコントロールがきかない

同質か真逆か

それがわからない


他人の物を壊して謝らない

修理を手伝わない

たったこれだけのこと

怒りがおさまらない


言動が悪い

自己中心的

他人の物はどうでもいい

そんな人達に囲まれて育ったからか

許せない


人として

これはダメだ

相手ではなく自分がダメだ

同じ土俵には上がらない主義を通してきたのに

大事に大事にしている物を壊されて

私の怒りはおさまらない


家具も私の家族

家の中の物は全て私の家族

そんな付喪神のような事を信じてる


キャンセルすればいい

そんな簡単な事じゃない

専門的な知識がなくても

他人の物を壊したら謝るのが道理

私は筋を通したいのだ


また今年も大変な年になる