2011年7月20日水曜日

言葉

言葉は難しい。

こんなにも欲しい言葉がたくさんあるのに。

こんなにも伝えたい言葉がたくさんあるのに。

無力。

人間は有力な言葉を放棄した。

無力な言葉ばかりの世界を選んだ。

信用なんて言葉は飾り物でしかなくなった。

人と話すのが怖い。

どうせ信じてはもらえないのだから。

2011年7月9日土曜日

恥知らず

脳外科の医師が「うつ病」の講演をする。

頼む方が医療科目と専門性を知らない健康で病院に行ったことがない人ならば、医師が依頼を断るのが常識でしょ。

頼んだ人は、皆が積み立てたお金を自分の無知でドブに捨てるんですか。
医師はそんなにお金が欲しいんですか。

世間知らずのお坊っちゃんが人の気持ちが理解できる訳ないでしょう。

認知症が精神科だということも知らないから、こんな失敗をする。

無駄金を支払い続けてもうすぐ20年。

どーせ他人事だから愚痴を言っても仕方がない。

出ていきたい。
出ていけない。

これは私の責任で、私の過去世の持ち越し不幸だ。

また死にたくなった。

2011年6月21日火曜日

なみだ

なみだを流す

このブログには私の正直な気持ちがあふれている

こんなつもりで始めたブログではないのに

現実の世界は私を追いつめることしかないのに

このブログを読むと

なみだが流れる

正直すぎて

怒りも悔しさもあふれている

生きていることへの

哀しみがあふれている

すっかり笑うことを忘れた私

なみだが流れる

2011年6月14日火曜日

キレイな世界

キレイな世界でいたい。

存在したい。

利己的な、

自分の保身しか

ない

この「人間」の世界は、

私を絶望させる。

現実の世界は、

生きてゆく価値がない。

キレイな世界で生きたい。

噂があってもいい。

罵詈雑言があってもいい。

少なくとも今の世界よりはマシでしょう。

ホタルの墓のように、

せっちゃんのように死ねたらええなぁ。

最期まで人を気づかう人でありたい。

キレイな世界で。

2011年5月20日金曜日

こちらの事情も知らないで。

屈辱を乗り越えて私は今存在しているのに。

普通に人生を生きているなら欲はかかないことだ。

法律を知らない素人が出る幕じゃない。

アホンダラがっ!!!

2011年5月10日火曜日

トイレットペーパー

震災の時、子どものために親族の家に避難した。
何もかもない中で、トイレットペーパーだけが12ロール袋に入ったまま見つかったので持って行った。
親族は受け取って当然のようだった。
ありがとうも何もなく、お手伝いさんのように扱われた。
いつの時代かと思うほど、私の周りには優しい人間がいない。

今回の震災で、遅まきながらもトイレットペーパーを実家に届けた友人は家族に感謝されたらしい。

羨ましい。
それが家族ってモンでしょ。
親族ってモンでしょ。
本当に必要かどうかではなくて、わざわざ届けに来てくれたことに感謝したのだと思う。

お愛想の言葉ひとつ言えない私の家族・親族は、ある意味素直で正直。
私が嫌いだとハッキリ言わないのは世間体。
すごく正直。

世間知らずのお嬢様に育てられた子どもは世間知らずになるのは当たり前。
私が家族・親族の環からはずれてしまった。
はずれて良かったと思う。
こんなに深い愛情と幸せをあの人達は知らないもの。

あの時のトイレットペーパーは、私と私の子ども達にとって本当に必要な物だった。
何も失わず、お金に困らない家には必要のない物だった。
必要な家から不必要な家に移動したトイレットペーパー。

もう十分やない?
精神的苦痛で慰謝料請求してもいいくらいやと思うの。

2011年4月18日月曜日

地球

空を見上げる

毎日違う空がある

足下を見る

コンクリートの下に大地がある

息をする

空気がある

生きている

人は自分のことだけで生きている

自分の人生だけが大切

根本は変わらない

国も人種も文化も関係ない


都合のいい言葉

私が子どもを愛してる

この感情は真実

それ以外はわからない

失望も絶望もし尽くしたと思っていたのに

まだ希望を持っている私がいた

地球を信じているから

生きることを信じているから

失望も絶望もまだある

でも

それは私が死にたいほどの失望でも絶望でもない

私は神でも佛でもない

唯一の存在

種の保存の原則からはずれない

唯一の存在

誰もが唯一の存在

試されているのではない

私が決める

不幸な人生ではない

私が決める

地球が決める

私が決める

私が決める

2011年4月5日火曜日

いらない

「勝手にしたこと」
それがどんなに私を苦しめるか相手はわかっていない。

知らなくていいことがある。
今の私には母の入院など知りたくもない情報だ。
「どうせまた」と他の姉妹も思っていることだろう。
常に自分に関心を持ってもらわないと納得できない人なのだ。
世界の中心は自分でないと気がすまないのだ。
どこかの女優じゃあるまいし。
ただの平凡なババアが我儘過ぎる。
それで私の体調が崩れることなど連絡してきた相手は知らない。
やっとPTSDから抜け出そうとしている矢先の知りたくもない事実。
私にできることはもう何もない。
障害がある私に介護など期待されてもできる訳がない。
他の姉妹が頑張ればいい。
私に全て任せてきたことを無知から始めればいい。
障害者を差別するその目で母を見ればいい。

私の1番嫌いな言葉は「思いやり」だ。
思いやりなんて自己満足でしかない。
自己表現の1つだ。
助けて助けられて初めて人間関係は形成される。
ただの自己満足に付き合っている暇はない。
もちろん私には思いやりなんて存在しない。
あるのはただ相手を思う気持ちだけ。
それがわからない世間の方がアホだ。
冷たい人間で結構。
頑固で結構。
思いやりなんて「重い槍」でしかない。
負担になるだけだ。

おばちゃん。
連絡してくれてありがとう。
でも無理。
伝えた通り私には何もできないの。
親の見舞いにすら行けない体なの。
いろいろあってお金がないの。
親の見舞いに行くことが世間の常識なら私は非常識で構わない。
入院しているからって何?
いつ死んでもおかしくない私が見舞いに行く方がおかしいでしょ。
病院に見離された病気の私が入院できないこの国がおかしいの。
腰痛くらいで死なないでしょ。
あの人は周りを不幸の混乱に巻き込みながら長生きするよ。
だから私が死ぬ方が先なの。
言えなかったけどね。

誰かがこの不幸の連鎖を断ち切らないといけない。
血族婚を繰り返した先祖の不幸の連鎖を止めないといけない。
この一族は死に絶えた方がいいのよ。
絶対。

2011年3月25日金曜日

清明

1度崩れた心の形を整えるのは難しい。
先生。
あなたしか思い浮かばなかった。
ごめんなさい。
泣いて啼いて泣いてばかりでごめんなさい。
「電話してくださいね」
その言葉が私を現世に戻した。

今は読めなかった清明の物語を読んでいる。
すべてが天と地の物語。
平安の人に助けられている。
何事も。
全部がつながっている。
私が自然の1つ。

2011年3月19日土曜日

PTSD

今回の地震で自分のPTSDの根深さがわかった。
17年前に吐露できなかった感情が今になって噴き出した。
他人の世話を焼いている場合やない。
自分の心をどうにかする方が先。

あの時、誰も助けてくれなかった訳じゃない。
あの時、誰も私の心を助けてくれなかっただけ。
やっと決心して電話した相手には
「あなたはしっかりしているから大丈夫」
と言われた。
1番言って欲しくない言葉だった。

子どもを守ることしか考えなかった。
子どもを守るために自分が生きるだけで必死だった。
私が福祉職を仕事としたのは子どもの病気が契掛だった。
でも。
仕事をしているうちに贖罪のためにやっていると感じるようになった。
あの時、自分の子どものことしか考えられなかった自分への贖罪。

現場を離れても贖罪の感情は離れない。
今回の地震でPTSDが発症したのはその感情が大元だろう。

ごめんなさい。
普段は偉そうでくだらない愚痴ばかり言う人が初めて弱音を吐いたのに、私は同じことをしてしまった。
その人にとって1番言って欲しくない言葉を言ってしまった。
孤独な人間は弱音を吐くことができない。
プライドが高い訳でも何でもない。
知っているのに、わかっているのに、さっきはできなかった。
その人の1番言って欲しい言葉をかけられなかった。

それは私がPTSDを発症しているから。

PTSDを発症している人間がPTSDを発症するかもしれない言葉を言ってしまう。
罪深い。
これほどの罪はない。
また贖罪が増えた。