2013年12月13日金曜日

最近


今年も怒涛の1年。

誰にも言えないことがまた1つ増えた。


ただ傷つく毎日。

ただ泣くのをこらえる毎日。

ただしんどい毎日。


感情が顔に出る人は簡単でいい。

怒りを他人にぶつけられる人はいい。

怒りをぶつけられた他人を加害者だとののしれる人はいい。

平気で被害者面ができる人はいい。


こんなに大変なのに。

こんなに病気が進行しているのに。

私は休めない。

2013年6月27日木曜日

ほっといたら・・・


半年以上inしなかったら大変なことになってしまってて、びっくりしました。

まずログインできない(笑)

これで1週間くらい悩みました。

そして今日。

設定のやり直しのついでにテンプレートも明るいものに変更。

内容は暗いまま。

今日はお試し投稿です。

言いたいことは山ほどあります。

2012年10月22日月曜日

愚痴吐き

もうすぐ1年。

このブログを放り出して1年経つ。

また書くことになるとは思わなかった。

悲しいこと。腹が立つこと。誰にも知られたくないこと。

普通に話していることがいちいち自分の心に突き刺さる。

自分が話していることなのに。

また怒涛の1年だった。

2011年8月15日月曜日

八つ当たり

石田衣良の「ブルータワー」を読んだ。
駄作。
石田の気持ちはわからなくもないが、石田の感情吐露にしか思えない。
子どもの頃からのSFファンとしては、この作品をSFと解釈して欲しくない。
SFはあくまでもサイエンスフィクションであって欲しいからだ。
設定も背景もあやふやなSFはSFとは呼べない。
石田はやはりIWGPの世界構築で終っているように思う。
評価されているのかがわからない。
新しい世界構築が難しいのはどこの世界だって一緒だ。
どんづまりの世の中だから。


こうして他人を批判できるのはこのブログだけ。
八つ当たり日記とでも改題しようか。

言えない、言わないのではない。
周りが私の言葉を塞ぐ。
聴く耳を持たない。
言ってもしょうがないから言わないのだ。
私を要らない人間だと決めつけている人に何を言っても無駄。
要らない人間はこの世にはいないのに。
奇跡の存在性を知らない無知な人達。
馬鹿を相手にするほど気力を消耗する。
お金や権力や目先のことしか見えない馬鹿。
自分がいつか死ぬことさえわからない馬鹿。
話すだけ無駄。


私だって人間だから、これぐらいの暗闇は心に持っている。

2011年7月20日水曜日

言葉

言葉は難しい。

こんなにも欲しい言葉がたくさんあるのに。

こんなにも伝えたい言葉がたくさんあるのに。

無力。

人間は有力な言葉を放棄した。

無力な言葉ばかりの世界を選んだ。

信用なんて言葉は飾り物でしかなくなった。

人と話すのが怖い。

どうせ信じてはもらえないのだから。

2011年7月9日土曜日

恥知らず

脳外科の医師が「うつ病」の講演をする。

頼む方が医療科目と専門性を知らない健康で病院に行ったことがない人ならば、医師が依頼を断るのが常識でしょ。

頼んだ人は、皆が積み立てたお金を自分の無知でドブに捨てるんですか。
医師はそんなにお金が欲しいんですか。

世間知らずのお坊っちゃんが人の気持ちが理解できる訳ないでしょう。

認知症が精神科だということも知らないから、こんな失敗をする。

無駄金を支払い続けてもうすぐ20年。

どーせ他人事だから愚痴を言っても仕方がない。

出ていきたい。
出ていけない。

これは私の責任で、私の過去世の持ち越し不幸だ。

また死にたくなった。

2011年6月21日火曜日

なみだ

なみだを流す

このブログには私の正直な気持ちがあふれている

こんなつもりで始めたブログではないのに

現実の世界は私を追いつめることしかないのに

このブログを読むと

なみだが流れる

正直すぎて

怒りも悔しさもあふれている

生きていることへの

哀しみがあふれている

すっかり笑うことを忘れた私

なみだが流れる

2011年6月14日火曜日

キレイな世界

キレイな世界でいたい。

存在したい。

利己的な、

自分の保身しか

ない

この「人間」の世界は、

私を絶望させる。

現実の世界は、

生きてゆく価値がない。

キレイな世界で生きたい。

噂があってもいい。

罵詈雑言があってもいい。

少なくとも今の世界よりはマシでしょう。

ホタルの墓のように、

せっちゃんのように死ねたらええなぁ。

最期まで人を気づかう人でありたい。

キレイな世界で。

2011年5月20日金曜日

欲

こちらの事情も知らないで。

屈辱を乗り越えて私は今存在しているのに。

普通に人生を生きているなら欲はかかないことだ。

法律を知らない素人が出る幕じゃない。

アホンダラがっ!!!

2011年5月10日火曜日

トイレットペーパー

震災の時、子どものために親族の家に避難した。
何もかもない中で、トイレットペーパーだけが12ロール袋に入ったまま見つかったので持って行った。
親族は受け取って当然のようだった。
ありがとうも何もなく、お手伝いさんのように扱われた。
いつの時代かと思うほど、私の周りには優しい人間がいない。

今回の震災で、遅まきながらもトイレットペーパーを実家に届けた友人は家族に感謝されたらしい。

羨ましい。
それが家族ってモンでしょ。
親族ってモンでしょ。
本当に必要かどうかではなくて、わざわざ届けに来てくれたことに感謝したのだと思う。

お愛想の言葉ひとつ言えない私の家族・親族は、ある意味素直で正直。
私が嫌いだとハッキリ言わないのは世間体。
すごく正直。

世間知らずのお嬢様に育てられた子どもは世間知らずになるのは当たり前。
私が家族・親族の環からはずれてしまった。
はずれて良かったと思う。
こんなに深い愛情と幸せをあの人達は知らないもの。

あの時のトイレットペーパーは、私と私の子ども達にとって本当に必要な物だった。
何も失わず、お金に困らない家には必要のない物だった。
必要な家から不必要な家に移動したトイレットペーパー。

もう十分やない?
精神的苦痛で慰謝料請求してもいいくらいやと思うの。