2019年1月29日火曜日

だめ


霊になっても誰も会いに来ない気がする

思い出すだけで私は嬉しいのに

その思い出を消しているのは私?息子?



言い訳をしたのはどっち

裏設定を知らなかった

親子と言えど別の人間

そんな言い訳は両方にある



だめだ

また死にたい

2019年1月24日木曜日

短気


意外と短気

それが私

大好きな事や大切な愛している人に関しては

すごく短気

私が怒る理由はそれだけ

人は人である限り

喜怒哀楽の怒りは消えない

2019年1月9日水曜日

正解


何があなたにとって正解なのか

何が私にとって正解なのか

わからずに迷って迷って迷って迷って

結局袋小路

2018年12月28日金曜日

良いお年をください


「良いお年をお迎えください」

と他人に言うのは簡単

「良いお年を私にください」と言うのはとても難しい

誰にもわからない事を望むから言えない



のではなく

すごく簡単な事を望んでいるだけ



私に関わらないでください

私に文句を言わないでください

私に無関係な事で悩ませないでください

この3つだけ



穏やかで痛みの少ない日々を過ごしたい

できる事が少なくなっても私でいたい

息子達が同じように穏やかに過ごしてくれればいい

少しの試練くらいはあってもいいけど

乗り越えられない試練は要らない

私のような病気にならなければそれでいい



良いお年を私にください

2018年12月9日日曜日

つまらない人生


はないと思っていた

私の人生は充実していると

思い込んでいた

さすがにそれは

間違いだと悟った

充実した人生なんて

所詮人の思い込み

生きたいとか死にたいとか

それは自分で決められない

願望でしかない

つまらない人生だったと思う

素直に

普通の簡単なありふれた人生

それでいい



2018年12月1日土曜日

おめでとう


明日は34歳の誕生日ですね。
どんな大人になっていますか?
人様に迷惑をかけて生きていますか。

間違えてもやり直す事ができる間は幸せです。
間違えても謝る事ができる間は幸せです。
間違える事を恐れるようになれば良い大人とは言えません。
そう、私のように。

あの時、意地を張らなければ今もあなたは私の側にいたでしょうか。
体も心も見えない今の状態に慣れる事はありません。

でも、あなたの誕生日は笑いましょう。
あなたが私の子どもで良かったと思うから。
いつまでもこっそり泣くのはやめましょう。
あなたが生きているならそれでいいから。

2018年11月12日月曜日

幼稚な成人


最近のドラマで描かれる成人した子どもの幼さに呆れている。
どうしてあんなに稚拙な方法で親に反抗するのか解らない。
脚本家の想像力が乏しいのかドラマを面白くする為に敢えて幼い幼児のような心理設定にしているのか解らない。
成人しているのだからもっと描き様があると思うのに。

今の私の楽しみはパソコンとドラマや映画を観る事しかない。
家の中の行動範囲ももの凄く狭い。
唯一の楽しみを稚拙な表現で台無しにしないで欲しい。

自分を振り返ってみればドラマの脚本や演出に文句を言えない部分もあるが
こっちは本物の人生をやっている。
少しは夢のある物語の世界に浸らせてくれてもバチは当たらないと思う。
脚本を書くなら心理学くらいは学んで欲しい。

子どもの心理的発達はそれぞれが経験するタイミングで大人が良い方向に導けば上手くいく。
逆のことをしても上手くいく事が多い。
子どもの育つ力は子どもの中にあるからだ。
してはいけないことは無視。
無視は子どもが育つ力を失くしてしまう。
ネグレクトが虐待の中に入っているのはそういう意味だ。
過保護よりも性質が悪いかもしれない。

成人しても人としては未熟なままの人間が多いのは事実。
まさに私がそうだから。
我慢ばかりの人生で自分を騙す事だけ上手くなった。
自分の気持ちを言えない大人は語彙が少ない幼児と一緒だ。

そんな親に育てられた息子達も語彙が少なく自己表現が下手だ。
まさに親子。
いっぱい喋るけれど自分の気持ちは他の表現方法に頼る人になってしまった。
ドラマの幼稚な成人子どもは全部が幼稚だけれど
私の子ども達は一部が幼稚なまま。
そう信じたい。

2018年10月17日水曜日

守る


守るってどういうこと

何を守ればよかったの

基盤の生活

子ども



この3つで精一杯だった

これ以上は守る必要のないもの

家族なんて知らない

他人なんて知らない

私を裏切るものは知らない

だから

傷ついたことはいっぱいある

私は私を守りきれなかった

子どもを守りきれなかった

守りたいという想いだけの人生だった

2018年10月14日日曜日

お金がない


切実な問題、お金がない。

生活には困らないけれど、寝ているだけの私には娯楽が必要。

要は痛みを忘れる為の気晴らし。

映像ディスクはいっぱいあるけど、何度も何度も繰り返し観ている。

パソコンの無料ゲームは腕が痛いから、携帯のゲームが気晴らしなのに。

携帯が壊れそう。

7年半も使っているから当たり前。



前に機種変を考えた時、息子がコツコツ貯めたポイントを使い込んでいることがわかった。

携帯電話本体価格が無料のうちに機種変をしていればよかったと後悔。



難病者に娯楽なんてと思う人もいるだろう。

何もしないのに遊ぶことだけ考えていると思う人もいるだろう。

違う、と言えない私がいる。

本来は動いていないと落ち着かない人だから。

だからこそ気晴らしが絶対に必要。




寝ているだけの人生を想像してください、と言いたい。

意識はしっかりあるのに動けない状態になったら、と想像して欲しい。

何をするかではなく、何を選ぶかでもなく、どう動くかしか選択肢がない私。

息子達へ。

そういう想像ができる人になってください。

2018年10月11日木曜日

愛される


気づいたの

誰にも愛されない人生だと思っていたのに

気づいた



私は難病に愛されている

人や動物や植物や生き物にではなく

私は病気に愛されている



私の内臓は独立国家

それぞれに支配者がいて

私の要望は聞き入れてくれない

私の体は1つの国なのに

細胞単位で文句を言えない

ちゃんとお願いしないときちんと働いてくれない

そんな私の体は病気に愛されて愛されて愛されて

これでもかというくらい愛されて

私は幸せ者だと思った



誰に愛されなくても

何にも愛されなくても

私には唯一愛してくれるものがある

もうそれだけで十分

私は生きていける

病気と一緒に

私は死んでいける

病気とともに

1人旅しかしたことがない私にとって

連れがいるのは楽しい旅立ち