2024年9月22日日曜日

おかしい

と思われても
それは世の中の方がおかしいのであって
私は何もおかしくはないと思っている

そういう親子関係があってもいい
という許容ができない世の中の方がおかしい

私は最後の子どもの手を離そうとしている
子どもが離してくれないから
私が離すしかない
そういう親子だから
仕方がない

昔からの知り合いに会った時
産んだ責任は取ると言った
もう産んだ責任は取れているかなと訊いた
知り合いは静かに頷いた
それだけで
私は救われて決断できた

私は子どもの手を離す
どうしたって私が子どもの最期まで一緒にいることはできないのだから
だったらお互いに一人で歩き出そう
これは家族の解散儀式ではない
親子は体がなくても親子だ

2024年9月16日月曜日

それでも

子どもの誕生日プレゼントを買ってしまう

もう12日も口をきいていないのに

これはどうだろうとか考えて

サプライズプレゼントを買ってしまう

することがたくさんあって

用意しなければいけない書類もたくさんある中

どうして私はプレゼントを選んでしまうのか

買ってしまうのか


最後だからと

毎年々々考えて

私のお祝いを忘れる子どもに

プレゼントを用意するのは

それでも親だから

私は最後の親だから

もう一人の親を取り上げてしまった親だから

何もかも受け入れなければと

そう思ってしまうから


他人に私達親子をどうこう言われたくはない

もう他人の思い込みに付き合いたくはない

言うなら自分の言葉に責任を持って欲しい

できないでしょ?

私は他人にそんな責任持てない

だったら私達親子を放っておいて

もううんざり


そうして私は子どもの誕生日プレゼントを買ってしまうのよ


2024年9月7日土曜日

どうしたら

もう元に戻せないことを

二度としたくなかったのに

どうしたらいいのかわからない


世の中は

平気で被害者を演じる人達で溢れていて

本当の被害者は黙って耐えるしかないという

逆戻り状態で

先人達の努力が全く活かされていない

バカな世の中になって

とてもとてもとても

生きづらい


生きづらいからと言って

「どうぞこちらへ」と

案内された場所には誰もいなくて

ドンと背中を突き飛ばされたような感覚しかなくて

そうかと納得するしかない

まるでアウシュビッツ


さぁ

これから私は健常者

どんなに体が辛くても

誰も助けてくれない世の中になるから

私は健常者になるしかない

支援の意味を知らない人ばかりの世界にさようなら

私は生まれてきた時から一人なのだから

健常者として最期まで一人で生きる

誰にも理解されなくて結構

私も誰も理解していない


最期を決めるのは私でいたい

福祉なんて今の世の中にはない

誰にも決められたくない

バカの集まりに決められたくない

私の最期は私のもの


周りの言葉に惑わされる人よ

私を巻き込まないで


2024年9月5日木曜日

せっかく

お金を遣って家出したのに

無駄だった

死にたい気落ちと泣きたい気持ち

どちらを優先するか考えて

泣くことを優先したのに

無駄だった

泣かせてもらえなかった


基本的に死にたい人

自分でそう思っているから

生きている理由を探して生きている

自分の為には何もしない

泣くことくらいしかしない

なのに

泣くことさえさせてもらえなかった

死ぬ権利は私にある

あんた達じゃない

私に死ぬ権利がある


2024年8月26日月曜日

無理かもしれない

息子が人生をあきらめると

私は死にたくなる

最後まで話しを聞いて

説明の途中で逃げないで

あと何年

一緒にいられるのか

わからないから

いつまでも甘えて甘えられないから

そういうこと

わからないよね

だから死にたくなる


2024年8月20日火曜日

謝罪

謝罪して欲しい訳じゃない

でも謝って欲しい

この矛盾した気持ちで頭がグルグルぐるぐる


せっかく奈良に行って気分転換したのに

帰ったら地獄が待っていた


こんなにも相手の気持ちに寄り添わない人がいる

こんなにも自分のことしか考えない人がいる

言い訳と会社の方針しか日本語を知らないようだ

堪忍袋の緒が切れるとはこのこと


イエスマンが欲しい訳じゃない

私の間違った部分を気づかせてくれる人が欲しい

だけど

子どものような人に偉そうに言われるのは

もう我慢できない年齢になったのかもしれない

包み込んで見守る時間さえ与えてくれない攻撃性

そうか

そういうことか

他罰的とはこういうことか


ならば

私は鏡だった

謝罪して欲しい訳じゃない

謝って欲しい

それは私が鏡だったから


人生の最期に

私は他人の鏡になるのか

そんな余裕はないのに

そういう運命かもしれない


会えないけれど

約束を果たしたい

あなたに今

とても会いたい


2024年7月21日日曜日

勇気

はどこから

今は私の中にない

どうしたら

あの連中を説得できるのか

諦めて諦めて諦めてきたのに

どうして今

説得しようとしたのか

私は私が謎だ


2024年7月4日木曜日

正義

藤原先生

何より被害者の皆様

旧優生保護法の最高裁違憲判決

本当におめでとうございます

闘うことの意味

勝ち取ることの意味

将来に残す意味

本当にご苦労様でした


この国の正義を信じて

過去も

未来も

誰もが正義を信じられる世の中に

当たり前のことが当たり前になる世の中に

人として生きられる世の中に

そう願わずにいられない瞬間でした


そんな瞬間を見られて

私も幸せです


2024年6月21日金曜日

反省のない時代

反省なければ成長なし

は昔話

自分の心を冷静に判断できる人が少ない

それが哀しい

姥捨て山論理と一緒だと

誰か気づいているのか


2024年6月9日日曜日

笑顔

今年は笑顔で6月6日を過ごせました

こういう日が来るとは全く思わずに

このブログを綴って

泣いて

会えなくてもいいと

そう思い込んで


もう会えなくてもいいと

今は素直に

そう思えます。

これで

思い残すことはないです。