2011年6月21日火曜日
2011年6月14日火曜日
2011年5月20日金曜日
2011年5月10日火曜日
トイレットペーパー
震災の時、子どものために親族の家に避難した。
何もかもない中で、トイレットペーパーだけが12ロール袋に入ったまま見つかったので持って行った。
親族は受け取って当然のようだった。
ありがとうも何もなく、お手伝いさんのように扱われた。
いつの時代かと思うほど、私の周りには優しい人間がいない。
今回の震災で、遅まきながらもトイレットペーパーを実家に届けた友人は家族に感謝されたらしい。
羨ましい。
それが家族ってモンでしょ。
親族ってモンでしょ。
本当に必要かどうかではなくて、わざわざ届けに来てくれたことに感謝したのだと思う。
お愛想の言葉ひとつ言えない私の家族・親族は、ある意味素直で正直。
私が嫌いだとハッキリ言わないのは世間体。
すごく正直。
世間知らずのお嬢様に育てられた子どもは世間知らずになるのは当たり前。
私が家族・親族の環からはずれてしまった。
はずれて良かったと思う。
こんなに深い愛情と幸せをあの人達は知らないもの。
あの時のトイレットペーパーは、私と私の子ども達にとって本当に必要な物だった。
何も失わず、お金に困らない家には必要のない物だった。
必要な家から不必要な家に移動したトイレットペーパー。
もう十分やない?
精神的苦痛で慰謝料請求してもいいくらいやと思うの。
何もかもない中で、トイレットペーパーだけが12ロール袋に入ったまま見つかったので持って行った。
親族は受け取って当然のようだった。
ありがとうも何もなく、お手伝いさんのように扱われた。
いつの時代かと思うほど、私の周りには優しい人間がいない。
今回の震災で、遅まきながらもトイレットペーパーを実家に届けた友人は家族に感謝されたらしい。
羨ましい。
それが家族ってモンでしょ。
親族ってモンでしょ。
本当に必要かどうかではなくて、わざわざ届けに来てくれたことに感謝したのだと思う。
お愛想の言葉ひとつ言えない私の家族・親族は、ある意味素直で正直。
私が嫌いだとハッキリ言わないのは世間体。
すごく正直。
世間知らずのお嬢様に育てられた子どもは世間知らずになるのは当たり前。
私が家族・親族の環からはずれてしまった。
はずれて良かったと思う。
こんなに深い愛情と幸せをあの人達は知らないもの。
あの時のトイレットペーパーは、私と私の子ども達にとって本当に必要な物だった。
何も失わず、お金に困らない家には必要のない物だった。
必要な家から不必要な家に移動したトイレットペーパー。
もう十分やない?
精神的苦痛で慰謝料請求してもいいくらいやと思うの。
2011年4月18日月曜日
地球
空を見上げる
毎日違う空がある
足下を見る
コンクリートの下に大地がある
息をする
空気がある
生きている
人は自分のことだけで生きている
自分の人生だけが大切
根本は変わらない
国も人種も文化も関係ない
愛
都合のいい言葉
私が子どもを愛してる
この感情は真実
それ以外はわからない
失望も絶望もし尽くしたと思っていたのに
まだ希望を持っている私がいた
地球を信じているから
生きることを信じているから
失望も絶望もまだある
でも
それは私が死にたいほどの失望でも絶望でもない
私は神でも佛でもない
唯一の存在
種の保存の原則からはずれない
唯一の存在
誰もが唯一の存在
試されているのではない
私が決める
不幸な人生ではない
私が決める
地球が決める
私が決める
私が決める
2011年4月5日火曜日
いらない
「勝手にしたこと」
それがどんなに私を苦しめるか相手はわかっていない。
知らなくていいことがある。
今の私には母の入院など知りたくもない情報だ。
「どうせまた」と他の姉妹も思っていることだろう。
常に自分に関心を持ってもらわないと納得できない人なのだ。
世界の中心は自分でないと気がすまないのだ。
どこかの女優じゃあるまいし。
ただの平凡なババアが我儘過ぎる。
それで私の体調が崩れることなど連絡してきた相手は知らない。
やっとPTSDから抜け出そうとしている矢先の知りたくもない事実。
私にできることはもう何もない。
障害がある私に介護など期待されてもできる訳がない。
他の姉妹が頑張ればいい。
私に全て任せてきたことを無知から始めればいい。
障害者を差別するその目で母を見ればいい。
私の1番嫌いな言葉は「思いやり」だ。
思いやりなんて自己満足でしかない。
自己表現の1つだ。
助けて助けられて初めて人間関係は形成される。
ただの自己満足に付き合っている暇はない。
もちろん私には思いやりなんて存在しない。
あるのはただ相手を思う気持ちだけ。
それがわからない世間の方がアホだ。
冷たい人間で結構。
頑固で結構。
思いやりなんて「重い槍」でしかない。
負担になるだけだ。
おばちゃん。
連絡してくれてありがとう。
でも無理。
伝えた通り私には何もできないの。
親の見舞いにすら行けない体なの。
いろいろあってお金がないの。
親の見舞いに行くことが世間の常識なら私は非常識で構わない。
入院しているからって何?
いつ死んでもおかしくない私が見舞いに行く方がおかしいでしょ。
病院に見離された病気の私が入院できないこの国がおかしいの。
腰痛くらいで死なないでしょ。
あの人は周りを不幸の混乱に巻き込みながら長生きするよ。
だから私が死ぬ方が先なの。
言えなかったけどね。
誰かがこの不幸の連鎖を断ち切らないといけない。
血族婚を繰り返した先祖の不幸の連鎖を止めないといけない。
この一族は死に絶えた方がいいのよ。
絶対。
それがどんなに私を苦しめるか相手はわかっていない。
知らなくていいことがある。
今の私には母の入院など知りたくもない情報だ。
「どうせまた」と他の姉妹も思っていることだろう。
常に自分に関心を持ってもらわないと納得できない人なのだ。
世界の中心は自分でないと気がすまないのだ。
どこかの女優じゃあるまいし。
ただの平凡なババアが我儘過ぎる。
それで私の体調が崩れることなど連絡してきた相手は知らない。
やっとPTSDから抜け出そうとしている矢先の知りたくもない事実。
私にできることはもう何もない。
障害がある私に介護など期待されてもできる訳がない。
他の姉妹が頑張ればいい。
私に全て任せてきたことを無知から始めればいい。
障害者を差別するその目で母を見ればいい。
私の1番嫌いな言葉は「思いやり」だ。
思いやりなんて自己満足でしかない。
自己表現の1つだ。
助けて助けられて初めて人間関係は形成される。
ただの自己満足に付き合っている暇はない。
もちろん私には思いやりなんて存在しない。
あるのはただ相手を思う気持ちだけ。
それがわからない世間の方がアホだ。
冷たい人間で結構。
頑固で結構。
思いやりなんて「重い槍」でしかない。
負担になるだけだ。
おばちゃん。
連絡してくれてありがとう。
でも無理。
伝えた通り私には何もできないの。
親の見舞いにすら行けない体なの。
いろいろあってお金がないの。
親の見舞いに行くことが世間の常識なら私は非常識で構わない。
入院しているからって何?
いつ死んでもおかしくない私が見舞いに行く方がおかしいでしょ。
病院に見離された病気の私が入院できないこの国がおかしいの。
腰痛くらいで死なないでしょ。
あの人は周りを不幸の混乱に巻き込みながら長生きするよ。
だから私が死ぬ方が先なの。
言えなかったけどね。
誰かがこの不幸の連鎖を断ち切らないといけない。
血族婚を繰り返した先祖の不幸の連鎖を止めないといけない。
この一族は死に絶えた方がいいのよ。
絶対。
2011年3月25日金曜日
2011年3月19日土曜日
PTSD
今回の地震で自分のPTSDの根深さがわかった。
17年前に吐露できなかった感情が今になって噴き出した。
他人の世話を焼いている場合やない。
自分の心をどうにかする方が先。
あの時、誰も助けてくれなかった訳じゃない。
あの時、誰も私の心を助けてくれなかっただけ。
やっと決心して電話した相手には
「あなたはしっかりしているから大丈夫」
と言われた。
1番言って欲しくない言葉だった。
子どもを守ることしか考えなかった。
子どもを守るために自分が生きるだけで必死だった。
私が福祉職を仕事としたのは子どもの病気が契掛だった。
でも。
仕事をしているうちに贖罪のためにやっていると感じるようになった。
あの時、自分の子どものことしか考えられなかった自分への贖罪。
現場を離れても贖罪の感情は離れない。
今回の地震でPTSDが発症したのはその感情が大元だろう。
ごめんなさい。
普段は偉そうでくだらない愚痴ばかり言う人が初めて弱音を吐いたのに、私は同じことをしてしまった。
その人にとって1番言って欲しくない言葉を言ってしまった。
孤独な人間は弱音を吐くことができない。
プライドが高い訳でも何でもない。
知っているのに、わかっているのに、さっきはできなかった。
その人の1番言って欲しい言葉をかけられなかった。
それは私がPTSDを発症しているから。
PTSDを発症している人間がPTSDを発症するかもしれない言葉を言ってしまう。
罪深い。
これほどの罪はない。
また贖罪が増えた。
17年前に吐露できなかった感情が今になって噴き出した。
他人の世話を焼いている場合やない。
自分の心をどうにかする方が先。
あの時、誰も助けてくれなかった訳じゃない。
あの時、誰も私の心を助けてくれなかっただけ。
やっと決心して電話した相手には
「あなたはしっかりしているから大丈夫」
と言われた。
1番言って欲しくない言葉だった。
子どもを守ることしか考えなかった。
子どもを守るために自分が生きるだけで必死だった。
私が福祉職を仕事としたのは子どもの病気が契掛だった。
でも。
仕事をしているうちに贖罪のためにやっていると感じるようになった。
あの時、自分の子どものことしか考えられなかった自分への贖罪。
現場を離れても贖罪の感情は離れない。
今回の地震でPTSDが発症したのはその感情が大元だろう。
ごめんなさい。
普段は偉そうでくだらない愚痴ばかり言う人が初めて弱音を吐いたのに、私は同じことをしてしまった。
その人にとって1番言って欲しくない言葉を言ってしまった。
孤独な人間は弱音を吐くことができない。
プライドが高い訳でも何でもない。
知っているのに、わかっているのに、さっきはできなかった。
その人の1番言って欲しい言葉をかけられなかった。
それは私がPTSDを発症しているから。
PTSDを発症している人間がPTSDを発症するかもしれない言葉を言ってしまう。
罪深い。
これほどの罪はない。
また贖罪が増えた。
2011年3月7日月曜日
大人の事情
「大人」にはいろんな事情がある。
それを理解できずにいると、所謂"空気の読めない人"になる。
それを理解できずにいると、所謂"空気の読めない人"になる。
裏の裏まで予想して、相手の心の揺らぎを慮って、それでも世間的に逸脱した行為は許されない。
今回の場合は、相手も苦渋の決断だったと思いたい。
誰だって骨肉の争いはしたくない。
私と同じで、ただ逃げたかったと思いたい。
相手の主張は決して間違いではないし、故人の遺志は半分尊重されている。
ただ…
ズルいと言えなくもない。
相手の単純承認期間はとっくに過ぎているからだ。
弁護士を間に立てて、もし係争事態になっても良いように準備してからの『提案』だからだ。
選択権は法定相続人側にある。
何も知らない1番下の妹だけには教えておこうかな…。
争うのが嫌な性格だとは知っているけれど。
私の知識を伝える方法が1人の妹だけになってしまったのは、それも辛いことかもしれない。
でも、仕方のないこと。
私の相続放棄の意思は変わらない。
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