2025年12月31日水曜日

もう

 大掃除は無理

体力はとっくに尽きていたのに

気力だけで

毎年々々

頑張って家を綺麗にして

いつでも死んでいいように


今年もいっぱい

他人に振り回されて

唯一の収穫は

3歳からの溜まりに溜まったものを

吐き出せたこと


私の終活は

もう終わりに近づいている

人生の最後に出会う人は

どんな人だろう


2025年12月15日月曜日

たんつぼ

わたしは家族のたんつぼだった

全員の痰を浴びた小さいわたし

毎日傷ついて泣いて

泣くことも禁じられ

泣けなくなって

大きくなったら

家族だけでなく

他人のたんつぼも引き受けてた


そういう事を清算する為に

大きな決心をして

体を引きずって

生きている親に会いに行った

言いたい事の1/1000も言えなかった

だけど

ごめんって言って

という私の言葉に反応して

生まれて初めて親の「ごめん」を聞いた

聞いた途端に

「許す」と言う私がいた


人は嘘つきが基本

嘘をつかないで生きることは不可能

でも

嘘だらけの人生は虚しかっただろう

子どもに見栄を張る必要はないのに

見栄っ張りで嘘だらけの人生が

あの人にとってはそんなに大切だったのか

自分が産んだ子どもを否定し続けて

自分のプライドだけを守る人生が

そんなに大事だったのか


「ごめん」と言わせた

虚しい

「許す」と言った

哀しい


こんな親子関係には

もう二度と出会いたくない


そう

あの人は私の子どもには謝らなかった

人生の後始末を子どもに任せて

周りに迷惑をかけて去ることしか

できない人だった

自分では何もしなかった

苦労?

誰が?

自分の子どもを女中呼ばわりする人に

苦労なんてあったのか


たぶん

あの人なりの苦労はあったのだと思う

周りにおんぶに抱っこ人生で

それでも人には

生きる権利がある


2025年12月2日火曜日

なまえ

あなたの名前を呼べる場所ができて

泣かなくなったと

気づき

あなたのことを話して

よかったと

心から思える日


おめでとう

あれから41年

いろいろあったね

健康でいて欲しいのは

私のワガママだけど

それでも

願わずにいられない


どうか

ささやかな幸せが

あなたに訪れますように

願っています


追伸

悔いが残るのは

約束したネズミーランドに行けなかったこと

それだけは

お伝えしておきます


2025年11月16日日曜日

地球規模の

絶望を

あなた達は知っていますか

経験しましたか

相手の心に共感できる力を持ったばかりに

地球規模で絶望している


生きていることに絶望するとか

人生に絶望するとか

そういうのではなく

未来が見えない

自分が生きていく未来

子ども達が生きていく未来

そういう未来が見えない


希望はない

したいこともない

心残りも少なくなって

もうどうでもいい

自分の事で悩む事がある人達は

それだけで幸せ


私には何もない


2025年11月9日日曜日

自分の理屈が通らないことに

苛立ち焦り相手の主張を無視する

屁理屈者ばかりがはびこっている世界


自分が死ぬ夢を見た

あぁ死ぬんだと思った

やっと死ねるではなく

死ぬんだと自然に思ったら

夢だった


この

へ理屈世界でまだ生きる

のか


2025年10月26日日曜日

移植

しかないそうだ

自己修復機能がない臓器は

移植しかない

そうか

この痛みはずっと死ぬまで

付き合う痛みなのか

体の中で

痛くない部分を探す方が無理


私は

この体の痛みやしんどさや辛さを

体ごと入れ替わって

味わって欲しいと願っていた頃があった

そういう相手がいた

その思いがまた

私の中に芽生えている


なんて浅薄な考え

移植しかないと言われて

そういう思いが蘇るのは

私が老いたのか

それとも

鬱なのか


2025年10月24日金曜日

おかしいのは

私なのか

周りなのか

もうよくわからない


私は孤独でいい

なのに

孤独にさせてもらえない


子どもを孤独にしたくない

なのに

子どもは確実に孤独になる


この世の中は

いつの時代も理不尽

生きている間が理不尽

幸せなんて

どこにもない

小さな幸せを感じても

それにしがみついている

自分がいやだ


2025年10月18日土曜日

精神安定剤

が必要になった

この1カ月

コンビニで買える

精神安定剤

4箱で済んだのは喜ばしいこと


心をとるか

脳をとるか

はたまた内臓機能をとるか

私は心を選んだ

死んでしまいそうだったから

心を守ることを選んだ


死ぬチャンスだったかもしれないと

思う

死ぬ方法が思い浮かばなかっただけで

チャンスを棒に振ったのかもしれない

それでも

今回は心を守った

必死で

自分の心を守った

間違っている方法で


2025年9月25日木曜日

寄り添う

ことが仕事なのに

間違った寄り添い方しかできない

人が多くて困る

という話しをした

もちろん

私に寄り添っていない人達


そういう人達を

どうやって信用しろと

信頼しろと

私はもうできない


先生

あなたのような

私の話しに寄り添い過ぎて

怒りに震えて固まってしまうような

そういう人が

もういないんですよ

仕事を仕事とも思っていない

専門性どころか

自分と他人の線引きもできていない人が

多い世の中に

なってしまいました


初めて言いましたよね

死ねるなら死んでると

死にたいですよと

先生

誰にも言わなかった言葉を

ここでしか言わなかった言葉を

初めて声に出して言いました

ありがとうございました

泣いていいですか


2025年9月22日月曜日

ここで

隠れてこそこそ

死にたいと書く

誰も私を見て抑鬱状態だとは思わない

演技は完璧

精神科医でさえ見抜けない

誰も見抜けない

セリフのない演技


突然死んだら

子どもが困る

片づけをする人が困る

だから生きている

でも

それも終わりかもしれない


死ぬ方法がない訳じゃない

食べなければいいだけ

できるかどうかは覚悟だけ


私の人生は他人のミスで振り回される

どれだけ顔も知らない人達に迷惑をかけられて

私が尻ぬぐいをしてきたか

今回もまた

若いバカ者の後始末を私がする


どこでこの気持ちを発散させようか

もう死ぬから

やっとやめたたばこを復活させてもいいような気がする

そうしないと

私は生きられない


2025年9月11日木曜日

合格すれば

誰でも資格は取れる

仕事をする為の資格を名乗るなら

きちんと仕事をして資格を活かす

それが逆になってはいけない

資格は合格がスタートライン

そこから勉強が始まると言っても過言ではない


介護福祉士?

誰が?

そんな状態が続いてすでに10年以上

もう相談員も信用できない

利用者が事業所や介護者に都合に合わせる現状は

介護業界がすでに共産主義になっているということ

措置制度の何がいけなかったのか

それを検証しなければいけない


という話しを臨床心理士とした

制度改革は論点ズレズレ

今の世界は誰も救われない


2025年8月15日金曜日

のう

どうやら

私の脳は少し変わっているそうだ

海馬の下にある偏桃体という感情が発生する場所から

直接感情が海馬に記憶されてしまう

のかもしれないそうだ

記憶力がいいのも

写真記憶なのも

記憶が良すぎて何度もフラッシュバックして傷つくのも

こういう脳でPTSDになりやすいからだそう


そうか

サバン症候群なのか心配だったけど

それほど細かく記憶していないし

何か違うと思ってた

脳科学の発達は素晴らしい

納得できた


ただ

傷ついたことを忘れないようにしない方がいいと

そう言われたけれども

何かの拍子に思い出すのは忘れない努力とは別だと思う

傷ついて

書きたくもない悪口をここに書いて

ストレス発散しているから

努力しないフラッシュバックはどうすればいいんだろう

のう

私の疫病神さん達よ

4人ほどいるけど

1人はもう死んだし

2人は今後絶対会わない人だし

最後の1人が問題か

その人に関しては忘れない努力が必要なのかな

たぶん

忘れられない人でもあるな


今フラッシュバックしている人は

ただただ腹が立つ

早く消えて欲しい


2025年7月23日水曜日

疑うこと

他人を疑うことを正当化する人は

自分を疑わない

自分の恐ろしい言動を正当化する人は

自分が疑った他人の言動を自分の物差しで正当化する

恐ろしい


ほんの数歩先も見えない人は

たとえ少子化で国民が減っても結婚しない方がいい

自分に責任を持てないのに

家族になった人や子どもに責任を持てるとは思えない

恐ろしい結果しか見えない


この国は

平均化されることを嫌っているのに

平均化されている事実に目を向けない


2025年6月22日日曜日

そういえば

今年は泣かなかった

6月6日に泣かなかった

一緒にはいられないけど

この世界のどこかで繋がっていると

そう確信できたからかもしれない


この10日ほど

家中を綺麗に掃除したのも

気持ちがスッキリサッパリストンと

落ちたからかもしれない

いつでも戻ってこられるように

とはいかないけれど

私があちらの世界に逝った後に

知っている家ではなかったとしても

最期の顔は見せたいから


親の最後の仕事は

初めての死を見せること

子どもの仕事は

親の初めての死を見届けること

それが人生の区切り


そういえば

家を綺麗にしたことに納得できる


2025年6月13日金曜日

逃れて

暴力から逃れて

闘って

勝って

そして

また暴力

その人生の行程を

子ども達は知らない

どれほど傷ついたか

どれほど守りたかったか

どれほど努力したか

自制して冷静を装ってきたか

子ども達は知らない


ごめんなさいと

言うのはやめる

甘ったれた子どもに

親がどうして謝る必要があるのか

私は一人でいい

もう一人にして欲しい

頼らないで

親を傷つけないで

自分がしたことに責任を持って

自分で金を払え


2025年5月19日月曜日

号泣

私の努力を

いとも簡単に

あっさり

傷つける

家の傷は暴力と同じ

古くなっていくことは自然

でも

暴力で傷つけるのは自然じゃない

元の暴力

DV

子どもの暴力

私は

暴力が大嫌いだ

物を傷つけるのも

家を傷つけるのも

元通りにはならないから

暴力は大嫌いだ

だから号泣する

いつまで経っても

暴力というPTSDは治らない

死にたくなる


2025年5月7日水曜日

じゃない

あざーすじゃない

ありがとうございます

がどうして言えない

36歳にもなって

還暦を迎える大先輩に

「あざーす」

おまえを褒めた大先輩に対して

どうして丁寧な日本語を言えない

挨拶がまともにできない

言葉遣いも乱暴

奇声を発する

突然自分語りをする

だから発達障害と疑われる

まともな人間になりたいという願望がないから

私の目の前から消えてくれ


2025年4月22日火曜日

私と子どもの間に溝がある

子どもを理解できない私と

私を理解できない子ども

1と1の2の間には

とても深い溝がある

その溝を埋める何かを私は持っていない


こんなに悲しいことがあるのかと

また思う

子どもを救いたいと

救う手段があるのだと

そう言いたいだけなのに

母性の縛りと受け止められてしまう


人生経験が積み上げられない

解っている

理解している

頭では


悲しいのは


2025年3月16日日曜日

何をどう話せばいいのか

もうわからない

努力する気もない

自分のことで精一杯で

話しを覚えていない相手に

話しをする無駄な時間と

死にたくなるような言葉を受ける気力がない

私が本当に死のうと

死んだら

相手はどう思うのかさえ

気にしない

したくない

どうでもいい

ただ

死ぬ方法がないだけだ


2025年3月15日土曜日

ご縁

皆さん勝手
ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのね
違うよ 誰もが 鼻が高い

自分のことに必死で他人を踏みつけていることに気づいても気遣いできない時代
踏みつけられた方は何も言えない時代

こんな時代に他人とのご縁はいらない

鬱だ

2025年3月8日土曜日

きりかえ

気持ちを切り替えるのは大変

そういう作業をしなければならない時に限って

うまくいかない

邪魔が入る


もう疲れた

なんで大人な子どもの為に

なんで赤の他人の為に

私の体と心を犠牲にしているのか


そっちが切り替えてよ

私は疲れた


2025年3月6日木曜日

まだ

まだ傷ついている

まだ許せていない

まだ思い出す

裏切られたのはわたし


気づいた

あの人は私を一番傷つけた人に似ている

自分が一番大事で

自分が正義で

自分は悪くないと主張する

私を一番傷つけた人に似ている

唯一違うのは

私を一番傷つけた人に比べて

それほど賢くないというだけ

バカなのだ

2人とも大バカだけれども

執拗に執念深くネチネチという点では

それほど賢くなかった


私の周りに

自分の人生の豊かさを捨てる人が多いのは

何故だろう

自分のバカさ加減に気づかない人が多いのは

何故だろう

私が賢い訳でもバカでもないという訳ではないのに

何故そういう人と縁ができるのか

運命なのか


まだ死ねないと

そう思わないと

生きていけない


2025年2月26日水曜日

仕事

仕事ができるだけ有難いと思え

体が動くだけ有難いと思え

自分の足で歩けるだけ有難いと思え

私にはこう言う権利があると思う

と思わせるような人がいて

自分の心の整理に時間を使ってしまう


利用者から撤退って

どんな日本語?

会社の上司と話し合った結果を嘘ついて

自分勝手に仕事を放り出すなら

仕事をするな


法律に基づいた制度の上で成り立つ仕事なのに

そういう勉強もしない

システムを覚える気もない

最後には自分の感情や都合を最優先して

周りに迷惑だけかけるのは最低


たぶん

あなたは私を悪い人だと言いふらすんでしょう

私に騙されたとか嘘つかれたとか

自分が原因だとは一切思わないんでしょう

それは勝手にそう思ってもらって結構

どれだけ迷惑なことをしでかしたのかは

あなた以外の人達は十分わかっているから


周りが怒るから私が怒れなくなった

余計に冷静にトラブル対処した

私はそんな役割ではないのに

利用者なのに

仕事をした


2025年2月19日水曜日

とても

とてもとても死にたくて

台所仕事と洗濯機の掃除をした

真っ白なごはんを炊いて

マロニーを入れてグツグツ煮込んだ

昨日のお鍋

食材を無駄にするのが嫌で

昨日子どもが買ってきた

鯛のあらと豚肉ブロックは冷凍した

ホッとして

子どもが出しっぱなしにしていたお椀を洗って

マロニーを食べた

美味しかった

台所を片づけたら

洗濯機のふちのゴミが気になって

年末に掃除したのにもう洗剤垢がついていて

お風呂の残り湯で掃除した

スッキリした


とてもとても死にたくて

料理や台所の片づけをしている時は

これを残して飛び降りようかと思っていた

手続きとか子どもの将来とか

どうでもよくて

そうか

成年後見だけでもしておくか

と思った瞬間に

飛び降りるのをやめた

どこまでも親なんだと

私の人生は親なんだと

誰にも理解されなくても親なんだと

涙が出た


洗濯機の掃除をしていると

他人が私をどう見ているのかよくわかった

噂や他人の悪口を言う人は

私のことをよくは思っていないんだろうと

誰か別の人に私の悪口を言っているんだろうと思った

それから昨日のことを思い出して

もう他人の立場を慮ることをやめようと思った

私が私でなくなってしまうから

そういう人達には

本当の私を見せようと思った


死なないこと

生ききること

それの何が正義なのか

誰か教えてください


知らない

そんなこと知らない

他人の都合で私は生きてない

死にたいと思うようなことを

平気で押しつけないで

生きている価値がないような

私の存在が迷惑みたいな

そんなことを言われて

死にたいと思うのを

私は止められない


だって

私が死ねば解決することがいっぱいある

存在をなくせば解決する

国の制度設計がそうなってるから

私が死ねばいいと思ってしまう


どうやって死のうか

もう方法は限られてくる


2025年2月16日日曜日

難しい話

何もできない土曜日

月曜日から何をするのかも

思い出せない

考えられない


また

死にたいと思っている


しなければいけないことも

どうでもいい

今すぐ死ねたらいいなと

思う


それほど未来は

暗い


2025年2月12日水曜日

社会で支えるとは

実は無責任ではないのか

家族だから愛情を超えてしまう部分があるからこそ

社会という他人に頼る制度を創ったのではないのか

赤の他人を家に上げるハードル

全裸やお下を見せる恥ずかしさを

乗り越えて乗り越えて心を殺して成り立つ制度なんて

限界ではないのか


支える側の声ばかりで

支えられる側の声が何も届かない


給料に見合う仕事をしているのか

給料に見合う知識と技術を持っているのか

給料に見合う結果を出しているのか

それが何も論じられずに

ただ最低時給を上げることだけが正義なのか

いったい

先人達の積み上げてきたものを何だと思っているのか


知識と技術の継承なくして経済はまわらない

便利な生活なんて一瞬で消える

そんなあやふやな新しい技術なんて不要


自分の頭で考えて

自分の体で行動する

それがないと

人類は破滅する


2025年2月9日日曜日

人権侵害とヘイト

福祉の仕事をしていて
平気で人権侵害やらヘイトスピーチをする人がいる
そういう人と今月いっぱい会わない理由ができて
とっても嬉しい

「人としてどうなのか」
その人はこれをよく言う
「地球上で生きる人間としてどうなのか」
私はそう言いたい

介護の仕事で利用者にマウントを取る
もう介護でも福祉でもない
そういう人まで介護業界に招かないといけない事実が悲しい

守秘義務契約が成立している
何の関係もない芸能人の名前を大勢の前で平気で言う
道路陥没事故の原因をトラックの重量が原因なのかと訊いてくる

そういう確認しようがない原因を
素人の私に訊くのがコミュニケーションではない
ただの噂話をしたいなら
もっと平和な話題でお願いしたい

個人的な相談だと思ってボランティア程度の知識を与えたら
これだけ図に乗った
底の浅い人と思われても仕方がない
介護業界にも
他の仕事にも向いてない
自分のケツは自分で拭いてくれ
私の責任にしないでくれ

と言っても
もう周りの人達に私の悪口を言った後でしょう

もう
人生で二度と会いたくない

2025年2月5日水曜日

どこにもっていけば

この気持ちをどこにもっていけばいいのか

わからない


健康に生まれたことに感謝しない人

知能が普通だということに甘えて成長しない人

心の中の整理整頓をしない人

自分が信じていることが真理だと思い込んでいる人


そういう人達の

他人に対する人権侵害や悪口を聞きたくない

私は忘れることができないから


口の中の音をASMRだとかで

くちゃくちゃ音を垂れ流す無神経さ

食べ物の見栄えだけで栄養価を考えないでレポートする人達

それが口に合うかどうかなんて人それぞれなのに

応援するという名目で弱者差別歌詞を平気で歌う人達

少ない10代だけに通じる歌が流行る不思議さ

歴史や言葉の意味を知らないで

嘘を信じる噂信者達


姥捨て山にならないように努力したのは

いったい誰なのかを知らない人達

そんな人達の言葉を聞きたくない

私は忘れることができないから


忘れる能力があるから心が平常でいられるなら

私はいつも平常心ではないことになる

いつ

どこで

私がコントロールしてきた自分の心の鍵を忘れて

暴走してしまうのかわからない

それはもう始まっているのかもしれない


誰にも言わない

そう決めて

最期まで持って行くことがある

それを誰かに漏らしてしまう前に

心の鍵が壊れないように

壊れても言わないように

忘れたい


2025年2月1日土曜日

はなれたくない

という我儘を

誰にも言えない自分が哀しい

子どもとはなれたくない

淋しくて淋しくて

誰よりも淋しくて

そんな未練を今さら感じている


泣く前に

することがたくさんある現実

それを邪魔する存在を切る必要


私の人生は私のもので

誰にも理解してもらわなくていい

まがい物の共感はいらない

人権侵害を平気でする人と

同じ空間にいたくない


私は忙しい

多忙

邪魔するな

子どもとの貴重な時間を

邪魔するな


2025年1月20日月曜日

何に

私は傷ついているのか

あの日の映像に

あの日の記憶に

あの日の声に

あの日の心に

あの日のすべてに

トリップしたからか


誰にも解るはずがない

今年は特別な日になるはずだったから

私の気持ちを

絶対に言わない私の気持ちを

誰にも解るはずがない


今年も涙して

心の傷を

自分でほじくり出して

血を流す


そして新しい日を迎える


2025年1月12日日曜日

少しずつ

少しずつ傷つく

たった一言で相手を傷つけるのは簡単なことだと

塵も積もれば山となる言葉を知って

初めて気づいた

人生

最期まで何かを得る


そういう

得ることを知らない人達が

少しずつ少しずつ

相手を傷つける言葉を無意識に言うのだ


精神障害者と知的障害者は違う

併せ持つ人もいるけれど

精神の病気と知的障害は分けて考える

という当たり前のことを知らないで

障害者支援をする人がいる

最も近づいて欲しくない類の人


そして

国が決めたことで仕方なく精神保健福祉手帳を持つ人がいる

精神病ではないのに

福祉サービスを使う為に仕方なく手帳を持つ

制度が追いついていないからだ

そういうことも知らないで

また

説明しても理解できなくて忘れて

精神障害者だと決めつけて

さらっと傷つける

そんな人は福祉職ではない


本当にこの国は

今の世界は

少しずつ壊れていく


良かれと思って介護をするな

それはただの自分の気持ちの押しつけ

医療サービスは医師や看護師の言うことが絶対だから

介護サービスも提供側が絶対だと思っているんでしょう

違う

医師も看護師も国家資格試験を通って

実践経験を積んで

それで患者に対して仕事ができている

ただの

普通のおばさんが

初任者研修という市民講座並の講義を受けただけで

医師や看護師と同じ立場になれたと思うな

介護福祉士という国家資格も

すでにヘルパー2級程度の資格内容になって久しい

お金で解決できる資格は国家資格ではない

研修する立場の人間がヘルパー2級でできるのだから

おかしい国家資格になっている


だから

ただのおばさんが

失礼にも程がある言葉をお客に言いながら

時給が安いだの生活ができないだの言うな

給料に見合う仕事をしてから

文句を言いなさい

最低時給が上がったのだから

他の仕事をしてください


少しずつ

少しずつ

少しずつ

降り積もる雪が固まって氷のような言葉を言う前に