2018年10月17日水曜日

守る


守るってどういうこと

何を守ればよかったの

基盤の生活

子ども



この3つで精一杯だった

これ以上は守る必要のないもの

家族なんて知らない

他人なんて知らない

私を裏切るものは知らない

だから

傷ついたことはいっぱいある

私は私を守りきれなかった

子どもを守りきれなかった

守りたいという想いだけの人生だった

2018年10月14日日曜日

お金がない


切実な問題、お金がない。

生活には困らないけれど、寝ているだけの私には娯楽が必要。

要は痛みを忘れる為の気晴らし。

映像ディスクはいっぱいあるけど、何度も何度も繰り返し観ている。

パソコンの無料ゲームは腕が痛いから、携帯のゲームが気晴らしなのに。

携帯が壊れそう。

7年半も使っているから当たり前。



前に機種変を考えた時、息子がコツコツ貯めたポイントを使い込んでいることがわかった。

携帯電話本体価格が無料のうちに機種変をしていればよかったと後悔。



難病者に娯楽なんてと思う人もいるだろう。

何もしないのに遊ぶことだけ考えていると思う人もいるだろう。

違う、と言えない私がいる。

本来は動いていないと落ち着かない人だから。

だからこそ気晴らしが絶対に必要。




寝ているだけの人生を想像してください、と言いたい。

意識はしっかりあるのに動けない状態になったら、と想像して欲しい。

何をするかではなく、何を選ぶかでもなく、どう動くかしか選択肢がない私。

息子達へ。

そういう想像ができる人になってください。

2018年10月11日木曜日

愛される


気づいたの

誰にも愛されない人生だと思っていたのに

気づいた



私は難病に愛されている

人や動物や植物や生き物にではなく

私は病気に愛されている



私の内臓は独立国家

それぞれに支配者がいて

私の要望は聞き入れてくれない

私の体は1つの国なのに

細胞単位で文句を言えない

ちゃんとお願いしないときちんと働いてくれない

そんな私の体は病気に愛されて愛されて愛されて

これでもかというくらい愛されて

私は幸せ者だと思った



誰に愛されなくても

何にも愛されなくても

私には唯一愛してくれるものがある

もうそれだけで十分

私は生きていける

病気と一緒に

私は死んでいける

病気とともに

1人旅しかしたことがない私にとって

連れがいるのは楽しい旅立ち