2018年5月27日日曜日

必要なものと不要なもの


悲しいことにパソコンの新しい機能が要らない
自分で決めることができない機能は要らない

執事や案内人は必要な場所と人に対して機能するもの
そういう仕事をパソコンには期待していない
私は私がやりたいことをパソコンに期待しているだけ
バージョンアップする度に使いづらくなる

自分で数式を入れる必要はなくなったけど
そもそも数式を使うほどの仕事はしていない
パソコンが福祉に対応していないから
そういうソフトも市場に出ない

あぁ、文字がまたうねってる
私の目はもうまともに物を見ることができない
失明しても困らないから検査にも行かない
こんな私は進化に取り残されて当然か

肩の鈍痛は本を持つから
指が痛いのはパソを使うから
頭痛が激しくなるのは人と会話をするから
全身の筋肉痛は私の人生がもらたらしたものだから

全部の痛みに理由がある私

パソコンにこの痛みをわかってもらいたい
簡単な障害にしか対応できない今のパソコンは
自己決定をさせない今のパソコンは
人の進化を妨げている
人は障害を必ず受け入れなければならないのに

こんなもんか、人間て

何も変わらないことを望む人が多い中で
自分の幸せだけを望む人が多い中で
私は私の幸せは望んでいないのに

幸せを
私が幸福を望む人は2人だけ

2018年5月18日金曜日

徹夜っす


何もしない日はないけど
徹夜はし過ぎ

1日元気で1日寝込む
この繰り返し

眠れば眠れなくなる
とてもイヤ

長い夜を過ごすのは
もう10年以上

さて
これからの私はどんなババアになるのか

還暦まで生きたらごめんね

2018年5月13日日曜日

泣いた日


息子が泣いた
滅多に泣かない息子が泣いた
人の冷たさ非情さ残酷さに

犯罪者はどんな犯罪でも犯罪者
でも
信号無視をして罪を感じる人は少ない

罪を犯した人だけが悪いというのは違う
わかっていながら無視した人
罪を共有できないのに共有できると嘘をつく人
無関係な人が言葉や態度で攻撃すること
ええ大人がよってたかって取り囲むこと

全てが罪

息子はそいういう卑劣さに泣いた
少し気をつければ良いことに泣いた
障害者差別やパワハラに遭った息子だから泣けた

そういう息子の涙を見て一緒に泣いた
何もできなくなった私やけど
一緒に泣くことはできる
親として一緒にできることはまだあった

いつまでも子どもに教えられる私の人生は
とても幸せ