人は年を重ねるほど「子どもの気持ち」がわからなくなるみたい。
私は両親のおかげで、3才の時に自分に誓った。
「子どもの気持ちがわからない大人にはならない」と。
大人になって気がついたことは、
「子どもの気持ちがわかる大人」は
「わかっていると思い込んでいる大人」と「わかったふりをしている大人」と「わからないけれどわかるように努力している大人」と「子どもの気持ちのままの大人」がいるということ。
私はいったいどれなのか。
自分ではわからない。
たぶん
「わからないけれどわかるように努力はしてきた大人」だと思う。
「してきた」ということは、「もうしたくない」という思いが隠れている。
しんどいのだ。
親に愛されなかった子どもがもう十分努力したから
こういう思いが出てきたのかもしれない。
だけど、3才の誓いは守りたい。
子どもの気持ちがわからない大人には
絶対なりたくない。
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